kodance Blog

プロフィール

甲田真理
女優+ダンス=自由形
趣味:自転車運転、銭湯巡り
好きな食べ物:和食
映画STEP UP 2 the streets ジェニーキド役で出演! 
日本DVD発売中!
STEP UP3は、
来年3月16日発売だそうです。
STEP UP REVOLUTIONは、全米/他国29カ国で公開中
過去のお仕事の一部は下記になります(米国のみ)
「詳細>>」をクリックして下さい。

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ご無沙汰してました。

今日、5月15日。

あ、先に書いておきます。

こりゃ、ながい文章になりそうです。

これまで毎日があっというまに過ぎるなか、自分の無力さに悲しくなることも多々ありました。

皆さんはお元気ですか?

交通事故のせいで、日本滞在が延び、周りの方々に大変なご迷惑をおかけしました。

本当にごめんなさい。

私は5月3日にニューヨークに戻りました。

こちらでキャンセルになった仕事の方でも、大変なご迷惑をかけたので、

謝罪しておりました。

「身体が資本」というお仕事をしていることを、本当に、強く、重く感じております。

そんな中、

昨日、ふと心が救われるような言葉を、私が尊敬している方の文章から見つけました。

下記になります。

「その程度の災難でよかったじゃありませんか。その災難は、 あなたの業が、過去の業が消えるときなんだから喜ぶべきですよ。 その程度で終わるならいいではありませんか」老師がおっしゃったことは、命を落とせば最後かもしれませんが、 命を落とす以外のどんな災難であろうとも、 それは自分が背負いこんできた過去の業が、花開き、 消えるときだということなのです。つまり、あなたの業が原因で、 災難という結果を招いたわけで、 災難によってあなたが過去につくった業は消えたわけです。『思いは必ず実現する』状態になったのです。」


現在、日本が大変な状態にある中で、私は米国に居ながら、ちゃんと日本のためにできてない氣がして仕方がありません。
自分にできることを見つけ、地道に頑張ってはいますが、やはりまだまだ微力だと思うのです。

でも、上記の言葉にある「思いは必ず実現する」を信じて前向きに生きたいと思うのです。

50年以上前に、インターネットが無いなかでも日本のお母さん達は頑張っていました。
お時間ある方はぜひご覧になってください。
私達は、自分達の本来もっている底力を忘れかけてるのではないでしょうか。
きっと私達にできることは、まだまだあるんだと思います、助け合い、守り合い、日本の子供達に素敵な未来を残していかなきゃいけないって思います。
将来の子供達が「日本が好き!」とか「日本人で良かった!」って言ってくれるような日本でなきゃいけないと思うんです。大人として子供を守るのは当たり前のこと。
日本人として、日本を愛する事は当たり前のこと。



私は、微力ながらも、4月14日、交通事故にあうまえの一週間前、相馬市に炊き出しに行ってきました。
3日間、3カ所をまわり、そこで素晴らしい出会いがありました。
ラーメンという決して「健康的」と言える食べ物ではありませんが、できればちょっとの時間でも、何か癒すことができたらと思いながら、ボランティア活動をさせて頂きました。

1日目は、旧相馬女子校に行きました。(現在は閉鎖されました、560人中、 3分の2以上の方々は福島市飯坂温泉の旅館へ移動しました。 残りの内、帰ることができる家がある人は、30km圏内の家に戻り、 残る100人位が、新たに30km圏内に新設された 避難所に入所しました)

私が行った時、避難所の隣体育館は遺体置き場でした。
当時、皆さんが食べているのは、おにぎり、りんご、のみでした。
最初に声をかけてくださった方が教えてくれました。
「最初の10分間の雨は絶対にあたっちゃダメですからね、放射能濃度が高く危険ですから」と。
そんな事は、テレビでもラジオでも新聞でも言ってなかったです。
この方が教えてくれなかったらどうなってたんでしょうか。
(現に、数時間後、大雨になったのです)

炊き出しが午後8時に始まり、最後まで配り終えたのは午後11時過ぎでした。
最後の方々は、寝ていたのを起こす形となり、申し訳ないと思ったのですが、彼女達は「眠くても何でも、今食べなきゃ、次いつラーメンを食べれるか解らないから、大丈夫ですよ」とおっしゃってました。

同じ日本人でこんな思いをしてる人達を私は放っておけないと思いました。
この方達は悪い事をしたわけでもないのに、ただ、普通に生活をしていただけなのに、地震と、津波と、原発は彼等から全てを奪ってしまったのです。

私は、彼等は私達の身代わりになってくれたとしか思えないのです。
できるだけなんとかして助けになりたいと切に願っています。

2日目 相馬市のはまなす館に行きました。ここは暖房完備、大浴場完備、物資も色々と揃っているようで、子供達の笑顔も多くみられました。
着いてすぐに、赤十字の方を見かけました、聞くと、カナダや東京から来ているそうで、テレビカメラも一緒でした。

私は、東京から来たという赤十字の方に「旧相馬女子校には行きましたか?あそこは酷い状態です、こういう場所だけではなくちゃんと他の避難所も回って下さい」とお願いしました。

すると彼女から出た言葉は
「私は東京から来たんで、そんなこと言われても困るんですけど」でした。

世界中の人が、日本に起こった事を心配して赤十字に募金していている状況の中で、この言葉は大人として「無責任」だとしか思えませんでした。

このお金で彼女も給料を貰ってるわけですから。。。経費だってなんだって、全部、世界中からの募金でまかなっているはずです。
私は酷いと思いました。。。
ただ、怒る暇があるなら働け!で、ラーメンを配る方がよっぽど大切でしたので、私はそちらに徹しました。

後で、地元の赤十字の方がいらして、「意見を言ってくれてありがとう」と言われました。
思ったことを素直に言っただけなのに、お礼を言われたのでビックリしました。
その後、この方とは何度か連絡を取り合い、情報交換をして、今でも、なんとか良い方向になるよう考えています。

この避難所で、もう一つ出会いがありました。
私はポータブルDVDプレイヤーと子供用のDVDを持っていっていました。
避難所の皆が楽しめるよう、どこかで誰かに渡したいと思っていたのですが、そこで男前な年配の方々と、そこに集まる子供達を見つけ、この方に託そう!と思ったのです。(写真参照)
私は自己紹介をし、彼等の状況も聞きながら、あっという間に仲良くなりました。
子供達に飴などを配り、ラーメンも配り、お別れが寂しいという気持ちにもなりました。

また戻ってきます!と約束して、去りましたが、その後、交通事故にあってしまったので、戻る事ができないままになってしまいました。(涙)

福島を去った後も、毎週話していたので今度日本に行く際は、必ず会いに行くと約束しました。

3日目は、
全ての人を対象にラーメンを配りました。
避難所の方々、避難所の職員、ボランティアの方々、近所にお住まいの方、とにかく全ての方を対象に。

喜んで頂けてたようでした。
避難所から出て、高齢者家族のケアのためにアパートを借りた人は言っていました。
「避難所から出たせいで、もう何も、もらえないから辛い」って。
「でも、畳一帖くらいの段ボールで仕切られた場所じゃ介護なんてできない」って。

悲痛な思いでした。
ボランティアは、私達が、学ばせて頂いている状態なのです。
決して「してあげてる」では無く、「させて頂いてる」なのです。

かなり余談になりますが、2日目の避難所で超いきなり踊りました。詳しくは下記を。
避難所の方に「どうしても」と、お願いされ遂にはM.C.A.T.のライブ中に一人の兄さんが「ねえ、あのさ、あの子のダンス見たいから、一緒に横で踊ってもらって」とMCさんに直訴したのです。かれも断れるはずが無く、踊ることに。。リンクの3枚目の写真左に私の後ろ姿を見つけてしまいました。。(汗)
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/newly/110409_live.html
避難所の方に、「おい、あんたラーメンよりうまいよ!」といわれました。
比べた対象がラーメンとダンス。。はい、最高です。
ありがとうございます。
喜んでもらえて良かったです、福島に行けたのが交通事故にあう前で本当に良かったです。

感謝

2011-05-15 23:49:21投稿者 : kodance
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交通事故にあいました。

4月14日午後8時に東京都内の道路で交通事故にあいました。
私は自転車に乗っており、相手は反対車線からきたタクシーでした。
私は、すぐに救急車で運ばれました。
全身の痛みが酷く、とくに足は涙がでるほど痛く、とても辛かったです。
っていうか、涙が出ました。
結局、痛みに耐えられず、医師からもらった痛み止めを飲みました。

怖くて怖くて自分の足をみれなかったです。

踊ることは不可能になってしまったので、今回の日本滞在中に予定していたワークショップは、全てキャンセルになってしまいました。

京都、大阪、岡崎、東京、たくさんの方にご迷惑をかけて本当に申し訳ないと思っています。

ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい。

ダンスではありませんが、福島にも、もう一度行くはずでした。(4月8、9、10日は炊き出しのお手伝いで相馬市に行っていました、この件に関しては後日ブログに書きます)

福島の祖母は無事だったことを知りました、直接話してはいませんが確実な情報ですし元気にしているとのことで、本当に良かったです。皆様にご心配をおかけ致しました。

しかしながら、動くことは許されず、自分自身と向き合うこととなりました。
自分の持ってる全ての力を使って、福島の人達や、困ってる人達や、ダンスレッスンで会うはずだった人達に「元気」を届けたかったのに、交通事故で不可能になってしまいました。

本当にごめんなさい。
せっかく日本にきたのに、
もっと、たくさんの人達に会えるはずだったのに。

たった一瞬の出来事でここまで大きく変わってしまいました。
私はまるで役立たずのポンポンンチキです。

例え24日に、アメリカに戻ってもダンスの仕事はできません。
長時間飛行機に乗る事は身体に負担をかけるため、医師から止められました。

こんなに「安静」にしたのは、私にとって、多分、赤ちゃん時代以来です。
行動することで感じていたいつものエネルギーは違った形で今、私の目の前に存在しています。

毎日通院して、壊れてしまった膝をなんとかなおそうとしています。
膝無しじゃ、私は二度と昔のようには踊れません。

自分の身体に、ずっと感謝してきたつもりだったけど、こんな風に動かなくなるとは。。。


でも、


今日、知り合いから電話連絡があり、本当なら私は死んでてもおかしくなかったと聞かされました。

なるほど。
本当だったら死ぬ予定が今回の旅に入ってたのかもと思ったりしました。

今、私は確実に生きていて、愛しい大好きな日本に居て、それだけでも私は幸せですね。
お見舞いや励ましのメールや電話、本当にありがとうございます。
たくさんの方に思われて、私は本当に幸せものです。

早くなおして、みんなに「ダンス」でこのお礼の気持ちを返せたらと願っています。

大丈夫、心はとても元気ですよー!:)
LOVE and PEACE then SMILE!!!

2011-04-21 17:05:39投稿者 : kodance
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4月1日〜4月24日まで日本に行きます。

私は、東京生まれの東京育ちです。
渋谷区笹塚にずっと住んでいました。
今ニューヨークに住んでますが。
今まで、どの国に行っても私は「日本人」として頑張って来ました。
私はまだ「ニューヨーカー」ですと自己紹介したことはないです。

いつも日本人だから。

こんな時だからこそ、日本に行きたい。
本当です。
みんなに会いたい。

祖母が福島に居ます。

母のお墓も福島です。

曾祖母 も福島に居ました。

どうしてなのか解りませんが、
私達全員「長女」です。
私の代で終わるか、私が女の子を生めば繋げるか。。

現在、祖母が生きているのか解りません。
曾祖母は、去年亡くなりました。

とにかく日本に行って、何が起こってるのか自分の目で確かたいと願ってます。
たくさんの人達に出会えるのを楽しみにしてます。
もし会いたいと思ってくれる人がいるなら、参上できるように頑張ります。

今、 東京ダンスマガジン (←クリック)さんにロングインタビューが載っています。
もし興味があれば、読んでみてください。
http://www.tokyo-dance-magazine.com/

今日は約 5時間だけどニューヨークの街で募金活動をしました。
全額、日本領事館を通して日本に行きます。
たくさんの人達が日本を応援してくれてます。
感謝。

2011-03-21 09:02:14投稿者 : kodance
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祈り

WE PRAY FOR JAPAN WE LIVE FOR JAPAN

LET'S APPRECIATE THE LIFE WE HAVE RIGHT THIS MOMENT.

LET'S LIVE HARD FOR JAPAN....


私はニューヨークから毎日祈っています。

これ以上の命が消えないように。

日本人としてこの世に生まれたことに誇りを持って、

自分ができることをしています。

残った命を決して無駄にしないように。

消えた命を無駄にしないためにも、

私達には未来をしっかりと見つめ

頑張って生きなきゃいけないと思います。

残された命に感謝し、

みんなの命に感謝し、

未来の命に繋げていかなきゃいけないと思うのです。

日本人として、家族として、友達として、

私達はひとつです。

大きな愛がひろがっていくように、

心から祈ってます。

LOVE and PEACE

WE SHOULD LOVE EACH OTHER.....AS A FAMILY.

2011-03-14 06:34:28投稿者 : kodance
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イタリア4日目(後半)&5日目

一体イタリア行ったのはいつだったんだ!?ってくらい時差があるブログですが、、、。
色々、その間にもNYではドラマがあり、こんなに時間が開きました。
今、現状で、滞在しているのは、ニューヨークです。
一応お知らせしておきます。(笑)

でも書く事はイタリアです。
多分、私イタリアが本当に恋しいです。

こうやって思い出しながらイタリア日記を書くと、
あの楽しかった気持ちがじゃんじゃん蘇ってきます。

****ではイタリア4日目(後半)へ****

教会に行った後、シルビアとテディーの両方のファミリーにご招待され、
海沿いにある(一瞬ここは恵比寿か?と思わせる)レストランに行きました。

挨拶しにきてくれたシェフが、今回の旅のイタリア初日に
「ガンバロウネ海老」を出してくれた人でビックリ!
なんと2軒経営してらっしゃった!
白いコックさんな服で、渋いじゃないですかー!!!
制服にお名前付きで彼の名前は「スピーロ」さんと判明。
「もうぜーんぶめちゃくちゃ美味しいっすよー、スピーロさーん!ありがとう!」
と、
ジェスチャーと片言でお伝えしました。

スピーロさんは、ここの常連さん達の各テーブルに挨拶していて、その際、私まで一緒に連れて行き、
「彼女はニューヨークから来たんだ、マリっていうんだ」って紹介してくれていて、
気がつけば、店内全体が1つになってる感じで。
もう、ほんとに、果てしなく温かい心をもった人達がいっぱいで、
もー!!!最高でした!!!

実はこの日、日本の伝統的な調味料、
魚に合う「しょうゆ」を持って行ったのです(赤いのがそうです)

皆に、日本人には絶対外せない「しょうゆ」の美味しさを知って欲しかったのです。
炭火でグリルしたイカにしょうゆかけたら、もうお祭り気分屋台の味ですよ。
皆、美味しい、美味しい(ぼーの、ぼーの)って言って食べてくれました、お醤油つけたイカ丸焼きを。

2、3時間ゆっく〜りランチを食べて。(ちなみに上の写真はまだ前菜その1であって、その後前菜2、3と続き、メインが1、2、でデザートが5種類くらい出て来ました)

おなかいっぱい、どころじゃない状況で最後のクラスへ。。。
みんなすっごく楽しみにしてくれていて、終止楽しいクラスになりました。

この日は最終日だったので、全員(スタッフやファミリー、ファン、近所の知人、野次馬さん、全く知らない人まで、。)で写真撮影!!!


このあとサインや写真撮影で2時間ほどバタバタして、終わったー!と思ってスタジオを出たら。

スタッフがシャンぺンとケーキを用意してくれて、
「マリー!サンキュー!!!」って歌って拍手で大盛り上がりでサプライズしてくれました。

初対面の異国の人達が、ここまで歓迎してる場所が他に一体どこにあるんだ!?ってくらいに祝ってくれて更に幸せ感じましたです。

どうもありがとう、夢みたいです。

(右はシルビアのお父さん、今夜は踊るぞ!ってジャージ上下で登場してくれました)
スタジオでしばらく皆と話した後、スタジオとお別れ。

テディーとシルビアのお母さん達が、まるで自分の子供のように抱きしめてくれました。
イタリア語だったから、詳しくは解らないけど、
「気をつけて帰るのよ、またいらっしゃい、元気でね」だと思います。
で、
「このお菓子もっていきなさい、後でお腹空くかもしれないから」
だったと思います。

勝手な解釈ですが、そう言ってたと思います。
ウルウルってなりました。

で、残った仲間で最後の観光へ。。。
(前夜の遊び疲れから少人数で。笑)

ホワイトシティーって場所に行きました。

ここも古い建物が多く雰囲気たっぷりで、ライトアップの感じが奇麗でした。

なんか、この仲間達とお別れするんだな〜って思うと少し寂しくなり、なんだか皆も少ししんみりしてて。
で、レストランに寄って行こうってなって、
ワインとビールを頼んで再度ワイワイモードに。

切り替え早っ!(笑)

みんながほろ酔い気分になった頃(自分も含め)に、今回の旅についてみんなで話し合いが始まりました。
こんなでっかいイタリアで、この街の人達に呼ばれたのはある意味奇跡で、こうやって今みんなと一緒に過ごしてる事も、確率で考えるとすっごい数字になるってこと。

するとテディーが「きっとマリがここに来る事は決まってたことだったんだね」
って言うんですよ。
(ちなみに、英語のニュアンスだと)
「今回の旅は君の「人生」という本に既に書かれてたコトだったんだね」
(っていうカナリ素敵な表現でした。)

イタリアに干支で占ったりする習慣はないのに、
皆が自分達が辰年なのを知ってるのが不思議で仕方なかったです。

そんななか、一人だけ気を落としてる子がいて(前に紹介したサッカー好きなリチャードギアさん)彼はサッカーのコトで悩んでいました。(中々理解されない自分のサッカーのプレーや、前日大好きなチームが勝てなかった事などで)
それで一緒に両手をつないで、
「だいじょうぶだよー!みんないるじゃん!!!」って伝えてって訳してもらいました。

サッカー好きなイタリアン版リチャードギア君は、
少しだけ笑顔になりました。

彼は、この街を出ると思うって言ってたそうです。。

それもいいと思うし、、
現に私は、日本を離れニューヨークに来たからころ、
長い時を経て、こんな素晴らしい人達に出会えたんですから。

そして今でも日本に行けば心を明けられる仲間は居るし、
時空をこえて見えないエネルギーで毎回同じように交流できるし。

(かなりマイペースなので日本では皆さんには毎回ご迷惑おかけしてますが、すみません。。。)

どちらにしろ、
途切れることはない「繋がり」は目に見えないけど、
これは確実に存在してて「事実で真実」だと信じてます。

で、ホテルにみんな送りに来てくれて、最後にバイバイして。

笑顔で就寝。

翌朝起きると強風と雨で私はビックリしてましたが、
シルビアとテディーが迎えに来て
「この天気はマリが帰っちゃうからだ。。。」って悲しい顔するので。

また会えるから大丈夫だよー!!!
元気だしてー!!!
って言ってたら、
空港に着いて見事に快晴!

どうですか、この空!!!

ありがとうみなさん、ありがとうイタリア、ありがとう全部!!!
感謝、感謝、感謝!!!

あ〜、今ニューヨークに居ながら、また素敵な旅にうっとりしました。
しあわせです!!!

ニューヨークではやることいっぱいでビックリですが頑張ります!
神様ありがとうございますー!!!

2011-03-11 06:53:57投稿者 : kodance
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